日記 260829
ま~たしばらく書けていなかった。
今日は10時ごろに目が覚めて、ごちゃごちゃやりつつ髪を切る予約をしていたので外に出た。本当はその前に映画を見に行こうかと思っていたのだが、全く間に合う時間に起きられなかった。
髪を切り終わったのは15時半ごろで、そこから遅めのお昼を食べて帰路についた。しかし、せっかく外出したのにこれだけで帰るのかぁという気持ちになっていたので、帰りはバスではなく、歩くことにした。「ここではないどこか」みたいな気持ちが常にあり、しかしこれはどれだけ何をやっても満たされないから、ちゃんと今のことを見ないといけないんだよな。
歩いていてもなんとなくまだ満足できていなかったので、道中にある飲食店に入ってコーヒーをしばくことにした。しかし、ここでポに時間を使ってしまい、なんか違うなぁとなって店を出るまでの10分くらいはユメステを読んでいた。
夜はアニメ見たりなんたり。
先週と今週
先週は、水曜日まではそこそこうまくいっていた。ポにも、のめりこんでいた。しかし、水曜日ぐらいから急にまた、何もやりたくなくなる状態になってしまった。
それでもぼちぼちなんとかやっていって、月曜日は(在宅で)退勤後に散歩をした。
歩きながら考えていたのだが、なんかともかく生きていかないといけないし、なんにもしなければ生きているという感じがしないし、そして生きていくのには目標が必要だと思う。
というようなことを思うようになりながらも、今週もなんだかんだ疲れたりしてちょっとだけで横になったらそのまま朝に…ということもあった。
でも、目的意識は持てていたと思う。
ポ
そんなだから、今週はほぼポをやれていなかった。
ともかく継続的に取り組んでいかなくては、と思っているのでなんとかやっていきたい。
ユメステ
そこそこ読み進められている気がする。
メインストーリーとイベントストーリーのKEY STORYを実装順に読んで行っているのだが、やっぱりちゃんとメインストーリーとメインストーリーの間の話をたくさん読んでいる方が、時間の流れや育まれたものだったりを感じられてより楽しめるなと思った。サ終前に駆け込んで読んでいる形になっている分際でこんなことを言うのは憚られるが、リアルタイムで追っていればもっと良い体験ができたのだろうなと思う。
今日はEdenのメインストーリー第3章を読んだのだのだが、以前読んだときはEdenのメインストーリーだけを1, 2, 3と読んだだけだったのが、今回はサロメの話を読んでいたり、第2章の悪魔の友人が広く人気になっていたことを実感した上で読んだのでより感じ入るところがあった。もっと直接的に、この第3章の前振りとなるイベストも読んだのだが、これもリアルタイムで追っていたら楽しめる仕掛けだったんだろうなと思った。
アニメ
先週の木曜に、ゆめみたさんに女性声優が出演しているというタレコミがあったため、急いで追いついた。実際には(今週の)水曜日の帰宅時点で5話までしか見ていなかったため、夜に残りの5話を一気に見た。
見る前(実際には第1話だけ見ていたが)は絶対苦手な感じだろうし、何か作業しながら見ようなどと思っていたが、実際にはめちゃくちゃ面白くて、5話分を一気に見た時もすいすい見れてしまった。
とにかく明るいのが良かったなと思う。いや、それが露悪的だとかそういうのは分かるんだけど、なんというか変な信頼感があり、この後絶対なにかがあるんだろうな~というのが見え見えで、その上で、それでも明るさが光っていたと思うし、それがアニメを見やすくしていると思う。
どんどん光が本物の強さになっていくのも良くて、これがなんかパキっと転換点があるというより、徐々にそうなっているという感じもなかなか好き。
生放送
上記のゆめみたさんを一気に見た水曜日は、その前にすーかわ(番組)に女性声優がゲストで出演していたので見ていた。
パーソナリティの2人はアイムの後輩で、あまり後輩と絡むところを見る機会があまりなかったので新鮮だった。
後輩相手だからなのか、ずっとテンションが高めでともかく良かった。企画も楽しくて、求めてるすべてがここにあった。特に有料パートの企画は明らかに女性声優が得意そうなやつ(忖度で~とかじゃなくて多分たまたま)だったし、おたよりもイイ話題だった。やっぱり好きな女性声優が活躍してると嬉しいんかなぁ。
出社してたので急いで帰って来て、夕食を後回しにしていたりしたからそんなに集中して見れないんじゃないか、などと思っていたが全然そんなことはなく、自分にしては珍しく声出して笑ったりしていた。
ふとした拍子に昔の感覚を思い出した。というのも、今住んでいる家は生まれ育った家(物理的なものを指しています)ではなくて、今日トイレに入ったときに、前の家のトイレはあんな場所にあって、トイレに入るときにこんなことを思っていたなぁみたいなのを急に思い出したという感じだ。
自分が、昔のことを思い出したい、昔の自分を取り戻したいと思っているのか、それとも単に懐古に走りたい人になってしまっているのか、よく分からない。
それでも、“あのとき"はもっとシンプルに物事に向き合えていたような気がする。いや、“あのとき"からちゃんとやれてなくて、いまに至っているんだっけか。